日本の気配(晶文社)

「空気読め」という言葉は今でもしばしば耳にします。『日本の気配』の著者武田砂鉄は日本人はもはや空気ではなく、それよりも薄いもっと前段階の何となくある「気配」を感じ、見えない何かかを避けようとしているのではないかと指摘しています。

「何となく」はどこから醸成されるのか?本書を読んでいるとその多くは本当に日常の些細な出来事の中に落ちているよう思います。それら一つ一つはやはりどこか不合理で不当だったりします。その変を飲み込まずムカつく事はムカつくと言うのを忘れたくないという筆者の言葉には頷くことしきりです。

そういえば、先日店主はそれなりにムカつく事があったのですが相手の不当ながなり声に対し「それは変だ」という事を述べる際に心臓がバクバクとなりました。

ムカついた事があってそれがどうしてムカついたのか。相手がしていることは不当なんだと理解させる行為は多くの日本人は苦手とするものなのではないかと読みながらふと思いました。